ここでは恒星の出没時刻を求める方法を理解します。

恒星が出没するための条件を求める

北半球で北極星は沈まず、天の南極付近に位置するはちぶんぎ座の恒星は出現しません。
このように、恒星が出没するためには条件があることがわかります。
その条件は、δを恒星の赤緯、φを観測地の緯度として、

-1 ≤ -tanδtanφ ≤ 1

となります。
これは下式に示したcosH(時角)の絶対値が1より大きくならないことから言えます。

cosH = -tanδtanφ

0°<δ≤90°かつ 0°<φ≤90°(北半球) のとき、
tanδとtanφは共に正(第1象限)なので、

0 < tanδtanφ ≤ 1
tanδtanφ ≤ 1
tanδ ≤ 1 / tanφ

三角関数の余角公式より、

tanδ ≤ tan(90°-φ)
δ ≤ 90°-φ

この条件を満たさないとき、恒星は沈みません。
このような恒星を周極星 (circumpolar star) と呼んでいます。

-90°≤δ<0°かつ 0°<φ≤90°(北半球) のとき、
tanδは負(第4象限)、tanφは正(第1象限)なので、

0 > tanδtanφ ≥ -1
tanδtanφ ≥ -1
tanδ ≥ -1 / tanφ

三角関数の余角公式より、

tanδ ≥ -tan(90°-φ)

三角関数の負角公式より、

tanδ ≥ tan(-90°+φ)
δ ≥ -90°+φ

この条件を満たさないとき、恒星は出現しません。

0°<δ≤90°かつ -90°≤φ<0°(南半球) のとき、
tanδは正(第1象限)、tanφは負(第4象限)なので、

0 > tanδtanφ ≥ -1
tanδtanφ ≥ -1
tanδ ≥ -1 / tanφ

三角関数の余角公式より、
tanδ ≥ -tan(90°-φ)
三角関数の負角公式より、
tanδ ≥ tan(-90°+φ)
三角関数の回転公式より、
tan(δ-180°) ≥ tan(-90°+φ)
δ-180° ≥ -90°+φ
この条件を満たすとき、恒星は出現しません。

-90°≤δ<0°かつ -90°≤φ<0°(南半球) のとき、
tanδとtanφは共に負(第4象限)なので、
0 < tanδtanφ ≤ 1
tanδtanφ ≤ 1
tanδ ≤ 1 / tanφ
三角関数の余角公式より、
tanδ ≤ tan(90°-φ)
三角関数の回転公式より、
tan(δ+180°) ≤ tan(90°-φ)
δ+180°≤ 90°-φ
この条件を満たすとき、恒星は沈みません。

ちなみにφ=0(赤道上)では、tanφ=0となり、tanδtanφ=0となります。
したがって、恒星が出没するための条件は存在せず、
全ての恒星が出没することがわかります。

例題1
北緯90度から南緯90度でカノープスが観測できる緯度の範囲を求めてください。
ただし、カノープスの赤緯は-52度41分44.38秒とします。
δ = -(52 + 41 / 60 + 44.38 / 3600)°
δ = -52.695661°
北半球では、δ ≥ -90°+φ を満たさないとき出現しないので、
δ+90°≥ φ
φ ≤ -52.695661°+90°
φ ≤ 37.304339°
φ ≤ 37.304339°
0.304339 * 60 = 18.26034
0.26034 * 60 = 15.6204
φ ≤ 37度18分16秒
「満たさないとき出現しない」は「満たすとき出現する」とも言えるので、
北半球では、北緯37度18分16秒以下の緯度で観測できます。
南半球では、δ+180°≤ 90°-φ を満たすとき沈まないので、
φ ≤ 90°-δ-180°
φ ≤ -37.304339°
φ ≤ -37度18分16秒
南半球では、南緯37度18分16秒より北の緯度で出没し、
南緯37度18分16秒以下の緯度で周極星となります。
したがって、南緯90度以上から北緯37度18分16秒以下までの範囲で観測できます。

例題2
東京都三鷹市の国立天文台で観測できる天体の赤緯の範囲を求めてください。
ただし、国立天文台の緯度は北緯35度40分30.7秒とします。
φ = 35 + 40 / 60 + 30.7 / 3600°
φ = 35.675194°
赤緯が北の天体は、δ ≤ 90°-φ を満たさないとき沈まないので、
δ ≤ 90°- 35.675194°
δ ≤ 54.324806°
0.324806 * 60 = 19.48836
0.48836 * 60 = 29.3016
δ ≤ +54度19分29秒
赤緯が北の天体は、+54度19分29秒以下の赤緯で出没し、
+54度19分29秒より北の赤緯で周極星となります。
赤緯が南の天体は、δ ≥ -90°+φ を満たさないとき出現しないので、
δ ≥ -90°+ 35.675194°
δ ≥ -54度19分29秒
赤緯が南の天体は、-54度19分29秒以上の赤緯で観測できます。
したがって、赤緯が-54度19分29秒以上から+90度以下までの天体が観測できます。

高度0となる地平座標を求める

恒星の出没時刻はその恒星が高度0となる時角から求めることができます。

地平座標のページで求めた下記の公式より、
sinh = sinδsinφ + cosδcosφcosH
h:恒星の高度、δ:恒星の赤緯、φ:観測地の緯度、H:時角

高度0なので、
0 = sinδsinφ + cosδcosφcosH

時角Hを求めるために整理すると、
cosδcosφcosH = -sinδsinφ
cosH = -(sinδ/cosδ)*(sinφ/cosφ)
cosH = -tanδtanφ
よって、恒星の赤緯δと観測地の緯度φから時角Hを求めることができます。

時角Hは観測地での恒星時θと恒星の赤経αとの差で定義されます。
H = θ - α
Hが90°未満のときは恒星が出現するときの時角、
Hが90°を超えたときは恒星が沈むときの時角となります。
つまり、この時角Hは恒星が地平線から出現してから子午線上を通過するまでの恒星時間、
または、恒星が子午線上を通過してから地平線に沈むまでの恒星時間を表しています。
Hを恒星時間として考えるとき、恒星が沈むときの時角を12-Hとして6未満としてください。
この恒星の軌跡を半日周弧 (semi-diurnal arc) と呼んでいます。
したがって、恒星が出現するときの恒星時は、
θ = α - H
また、恒星が沈むときの恒星時は、
θ = α + H
となります。
この恒星時θから世界時を求めることで恒星の出没時刻がわかります。
恒星時から世界時を求める方法は恒星時のページで説明しています。

例題1
2000年1月1日に岡山天体物理観測所からカノープスが一晩で観測できる時間と、
出没時刻を求めてください。ただし、宇宙空間(大気なし)と同等の観測地点と考えてください。
岡山天体物理観測所の緯度は北緯34°34′38″、経度は東経133°35′38″、
カノープスの赤経は6h23m57.11s、赤緯は-52°41′44.38″(2000.0分点)、
2000.0分点に準拠する1月1日0時のグリニッジ恒星時は6h39m52.3sとします。

φ = 34 + 34 / 60 + 38 / 3600
φ = 34.577222°
δ = -52 - 41 / 60 - 44.38 / 3600
δ = -52.695661°
cosH = -tan(-52.695661°)tan34.577222°
cosH = 1.31248143 * 0.68926721
cosH = 0.90465041
H = 25.223760°
角度を時間に換算すると、
H = 25.223760 / 15
H = 1.681584 h
一晩で観測できる時間は、1.681584 * 2 / 1.00273791 = 3.353985 h
0.353985 * 60 = 21.2391
0.2391 * 60 = 14.346
3時間21分14秒

カノープスの赤経は、
α = 6 + 23 / 60 + 57.11 / 3600
α = 6.399197 h
Hが90°未満(25.223760°)なので恒星が出現するときの恒星時は、
θ = 6.399197 - 1.681584
θ = 4.717613 h
2000.0分点に準拠する2000年1月1日0時(世界時)のグリニッジ恒星時は、
θG0 = 6 + 39 / 60 + 52.3 / 3600
θG0 = 6.664528 h
岡山天体物理観測所の経度は、
λ = (133 + 35 / 60 + 38 / 3600) / 15
λ = 8.906259 h
2000年1月1日0時(世界時)における岡山天体物理観測所の恒星時は、
θ0 = 6.664528 + 8.906259
θ0 = 15.570787
θ、θ0から恒星が出現するときの世界時を求めると、
UT = (4.717613 - 15.570787) / 1.00273791
UT = -10.823540 h
0未満なので24を加算して1/1の前日(12/31)の時刻を求めると、
UT = -10.823540 + 24
UT = 13.17646 h
日本標準時は世界時+9なので、
JST = 13.17646 + 9
JST = 22.17646 h
0.17646 * 60 = 10.5876
0.5876 * 60 = 35.256
1999/12/31 22:10:35

恒星が沈むときの日本標準時は、
JST = 22.17646 + 3.353985
JST = 25.530445
24以上なので24を減算して12/31の翌日(1/1)の時刻を求めると、
JST = 25.530445 - 24
JST = 1.530445 h
0.530445 * 60 = 31.8267
0.8267 * 60 = 49.602
2000/01/01 01:31:50

したがって、大気差を無視したとき、岡山天体物理観測所から
カノープスが一晩で観測できる時間は3時間21分。
1999年12月31日22時11分に出現し、2000年1月1日1時32分に沈みます。

大気差・地平線の伏角・視半径・地平視差を考慮する

大気差
天体は大気による屈折現象で浮き上がって見えます。
この現象を大気差 (atmospheric refraction) と呼んでいます。
大気の影響を受けると大気が無いときと比べて見かけの天体高度が高くなります。
大気差は視高度が0°のとき、約0°35′となります。
天体の高度が-0°35′でも見かけ上では0°となり地平線上に姿を現します。
見かけの天体高度をhaとすると、大気差Rは下式で計算できます。
R = 0.0167° / tan(ha + 7.31° / (ha + 4.4°))
したがって、見かけの天体高度をha、大気差をRとすると、
実際の天体高度hは下式で計算できます。
h = ha - R
参考:大気差の計算式
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/faq/glossary.html

地平線の伏角
高い山の山頂や飛行機から天体を観測した場合、
標高0mでは観測できない地平線の少し下にある天体まで見えます。
標高が大きいと標高0mで観測したときと比べて見かけの天体高度が高くなります。
地平線の伏角は大気屈折の効果を含めると、
標高H[m]の地点において、2.12′√Hとなります。
ただし、周囲全体が標高と同じ分だけ高ければ、
地平線の伏角はほぼ0°になるのでこの効果は無視できます。

視半径
天体の位置は対象となる天体の中心を基準にした座標で表されます。
そのため、天体の上辺が地平線に接して見えるためには、
天体の高度が視半径の角度だけ低い位置である必要があります。
つまり、視半径が大きいと視半径が0のときと比べて見かけの天体高度が高くなります。
ただし、非常に遠方にある恒星の視半径は0として無視できます。
例えば、地球と太陽の距離が1天文単位のとき、太陽の視半径S0は、
S0 = 16′1.18″
であり、太陽の距離がr天文単位のとき、視半径Sは下記になります。
S = S0 / r

地平視差
天体の位置は地球の中心を基準にした座標で表されます。
そのため、天体の中心が地平線上に見えるためには、
天体の高度が地平視差の角度だけ高い位置である必要があります。
つまり、地平視差が大きいと地平視差が0のときと比べて見かけの天体高度が低くなります。
ただし、非常に遠方にある恒星の地平視差は0として無視できます。
例えば、地球と太陽の距離が1天文単位のとき、太陽の視差π0は、
π0 = 8.794148″
であり、太陽の距離がr天文単位のとき、視差πは下記になります。
π = π0 / r

大気差をR、地平線の伏角をE、視半径をS、地平視差をπとしたとき、
これら4要素を考慮した見かけの天体高度hは、
h = R + E + S - π
このhを用いて4要素を考慮した時角Hは下式から求めることができます。
sinh = sinδsinφ + cosδcosφcosH
cosδcosφcosH = sinh - sinδsinφ
cosH = sinh / cosδcosφ - sinδsinφ / cosδcosφ
cosH = sinh / cosδcosφ - (sinδ/cosδ) * (sinφ/cosφ)
cosH = sinh / cosδcosφ - tanδtanφ
cosH = sinh / cosδcosφ - cosH0
cosH0は4要素を考慮していないとき、
つまり実際の天体高度が0のときの時角H0です。

例題1
見かけの天体高度が0°のとき、大気差の角度を求めてください。
R = 0.0167° / tan(0 + 7.31° / (0 + 4.4°))
R = 0.0167° / tan1.661364°
R = 0.0167° / 0.029004
R = 0.575783°
0.575783 * 60 = 34.54698
0.54698 * 60 = 32.8188
34′32.8″

例題2
2000年1月1日に岡山天体物理観測所からカノープスが一晩で観測できる時間と、
出没時刻を求めてください。ただし、大気差(0.575783°)のみを考慮し、
地平線の伏角、恒星の視半径、地平視差は無視してください。
岡山天体物理観測所の緯度は北緯34°34′38″、経度は東経133°35′38″、
カノープスの赤経は6h23m57.11s、赤緯は-52°41′44.38″(2000.0分点)、
2000.0分点に準拠する1月1日0時のグリニッジ恒星時は6h39m52.3sとします。

φ = 34 + 34 / 60 + 38 / 3600
φ = 34.577222°
δ = -52 - 41 / 60 - 44.38 / 3600
δ = -52.695661°
cosH0 = -tan(-52.695661°)tan34.577222°
cosH0 = 1.31248143 * 0.68926721
cosH0 = 0.90465041
大気差を考慮したときの時角をHとすると、
cosH = sinh / cosδcosφ - cosH0
cosH = sin0.575783° / cos(-52.695661°)cos34.577222° - 0.90465041
cosH = 0.01004914 / (0.60604864 * 0.82336205) - 0.90465041
cosH = -0.88451175
H = 152.191497°
Hは90°未満である必要があるので、
H = 180 - 152.191497
H = 27.808503°
角度を時間に換算すると、
H = 27.808503 / 15
H = 1.853900 h
一晩で観測できる時間は、1.853900 * 2 / 1.00273791 = 3.697676 h
0.697676 * 60 = 41.86056
0.86056 * 60 = 51.6336
3時間41分52秒

カノープスの赤経は、
α = 6 + 23 / 60 + 57.11 / 3600
α = 6.399197 h
Hが90°を超えている(152.191497°)ので恒星が沈むときの恒星時は、
θ = 6.399197 + 1.853900
θ = 8.253097 h
2000.0分点に準拠する2000年1月1日0時(世界時)のグリニッジ恒星時は、
θG0 = 6 + 39 / 60 + 52.3 / 3600
θG0 = 6.664528 h
岡山天体物理観測所の経度は、
λ = (133 + 35 / 60 + 38 / 3600) / 15
λ = 8.906259 h
2000年1月1日0時(世界時)における岡山天体物理観測所の恒星時は、
θ0 = 6.664528 + 8.906259
θ0 = 15.570787
θ、θ0から恒星が沈むときの世界時を求めると、
UT = (8.253097 - 15.570787) / 1.00273791
UT = -7.297710 h
0未満なので24を加算して1/1の前日(12/31)の時刻を求めると、
UT = -7.297710 + 24
UT = 16.70229 h
日本標準時は世界時+9なので、
JST = 16.70229 + 9
JST = 25.70229 h
24以上なので24を減算して12/31の翌日(1/1)の時刻を求めると、
25.70229 - 24 = 1.70229
0.70229 * 60 = 42.1374
0.1374 * 60 = 8.244
2000/01/01 01:42:08

恒星が出現するときの日本標準時は、
JST = 1.70229 - 3.697676
JST = -1.995386
0未満なので24を加算して1/1の前日(12/31)の時刻を求めると、
JST = -1.995386 + 24
JST = 22.004614 h
0.004614 * 60 = 0.27684
0.27684 * 60 = 16.6104
1999/12/31 22:00:17

したがって、岡山天体物理観測所からカノープスが一晩で観測できる時間は3時間42分。
大気差を考慮したとき、カノープスの出没時刻(日本標準時)は、
1999年12月31日22時0分に出現し、2000年1月1日1時42分に沈みます。
大気が無い時(3時間21分)と比べて長時間観測できることもわかります。